女性のキャリア形成を支える様々な意識変革とコミュニケーション
- 大倉工業株式会社
- 2023.12.19
- 香川県丸亀市
- 本社
四国を代表するメーカー・大倉工業株式会社で、2024年1月から執行役員に就任した近藤美穂さん。近藤さんは、同社初の女性執行役員であり、結婚・出産を機に1度退職し専業主婦を経験した後に復職して、現在に至るキャリアを形成してきた。女性の働き方が社会的に大きく変遷してきた中で、当事者として、同社の経営を担う立場までキャリアを積み重ねた近藤さんに、ご自身のキャリアを振り返っていただきながら、女性のキャリア形成において大切にしたいことや、大倉工業としての取り組み等について、話を聞いた。
〈インタビュー相手〉
■ 近藤 美穂(こんどう みほ)さん:大倉工業株式会社 コーポレートセンター サステナビリティ推進部 法務・知財部 兼 環境管理部 部長(取材時=2023年12月)。2024年1月から同社執行役員に就任。
――知財の専門職として入社、一時退職した専業主婦の期間も経て、執行役員に。近藤さんのこれまでのキャリア。
最初に、入社から一時退職した期間も経て積み重ねてきた、近藤さんのキャリアについて、ご自身に振り返ってもらった。
近藤:香川県高松市出身で、高校卒業まで高松で暮らしました。大学は「都会に行きたい」という想いが強くて、大阪の大学に進学したんですが、一人暮らしがあまり肌に合わず、寂しく感じることがあり、就職の際に香川に戻りました。大学では化学を専攻していたので、就職活動ではその学びを活かしたいと考え、化学系の企業の選考を二社受けました。一社は研究職、もう一社は知財の専門職です。当時、女性は結婚したら退職するのが一般的で、大学の先生とも相談しながら、辞めた後の次の就職を考えると知財の専門職の方が良いと考えて大倉工業に入社しました。知財の専門職としてキャリアを重ねた後、出産を機に1度退職しました。7年程専業主婦となり、その後、前の上司から業務を手伝ってほしいと声をかけてもらって、アルバイト的な立場から復職しました。しばらくは知財の専門業務を担当しましたが、徐々に業務範囲が広がり法務や環境関連も担当するようになり、現在はサステナビリティの領域も担当しています。また2024年1月から執行役員となります。
私は一昔前の世代になるので、女性は結婚あるいは出産で退社する方が多かったですね。私も出産を機に退職しました。女性は専業主婦の良妻賢母になるのが1番良いと思っていたんですよ。産休・育休の制度もありましたが、使う人は少なかったですね。私自身、3人ぐらい子どもがほしいと考えていたので、育休をとって復職して、再度産休・育休をとって復職して…と繰り返すことが、上司や一緒に働く方々に迷惑をかけるのではと思い、退職を選びました。今なら、育休をとっていたかもしれません。実際に退職して、3人の子どもに恵まれました。子どもといっしょに過ごして、今思い返すと本当に楽しい7年間でしたが、ただどこかで息抜きがしたかったんだと思います。いつも子どもが周りにいて、一人になることはなかったですから。1番下の子が2歳ぐらいのときに保育園に預けて、大倉工業に来たら少しは息抜きになるかなと、復職は軽い動機からでした。当時は、退職後に会社に戻ることは珍しくなく、私以外にも復職した方が何人かいましたね。
復職してすぐは、扶養の範囲内での仕事で、午前中のみの勤務から始めました。子どもが保育園の送り迎えで泣いてしまうことも多く、それを見ると辛くて、子育てがメインで仕事がサブという感じでした。そこから子どもが大きくなるに連れて変わっていきましたね。1番下の子どもが小学校の低学年の頃までは、児童館の送り迎えの時間が来たら仕事を切り上げて帰るという感じでした。小学校の終わりぐらいになると、子どもたちの自立を感じ、逆に子どもに意識が行き過ぎることが良くないと思うようになって、良いバランスになってきた感じがします。反抗期等いろいろありますが、逆に過干渉にならないよう気をつけるようになりました。
復職してから、キャリアアップを改めて目指していこうと思っていたわけではなかったんですが、ただ知財の仕事を久しぶりに始めると楽しかったんですね。知財の仕事は、数学の証明問題のようなところがあり、審査官と理屈でやりとりしていくことにクイズを解くような楽しさがあって。また、好奇心も強い方なので、復職してから様々な社員の働き方を見ていく中で、少しずつキャリアアップしたい気持ちが出てきました。ただ、その頃は“ガラスの天井”と言われていた時代で、性別や年齢でキャリアや評価が決まっていくのを見て、すごく苦しい・悔しい想いもしてきました。自分の能力を、直属の上司は認めてくれていたんですが、更に上になるとガラスの天井を感じて。元来負けず嫌いなので、認めてもらえない悔しさがキャリアアップのバネになったところもあるのかなと思います。
キャリア形成において最もしんどかったのは、課長になるときでしたね。それまではトラブルがあっても自分が責任をとる立場ではなかったんですが、知財課長になったときは、大きな訴訟が起きたら自分の責任と捉えてしまう感じがして、すごくストレスがかかりました。組織の体制や人の動かし方等を、本気で考えましたね。先ほどお伝えしたように、私は知財の仕事がすごく楽しくて、業務にやりがいや達成感もあり、素朴ですが「ありがとう」の言葉をもらうとうれしくて、プレイヤーとしてはそういうことを喜びに感じていました。今でも、各事業部門から頼られている知財課員を見ていると羨ましくて、自分もその仕事をしたいと思うこともあるんですが、今はそれを私がしてはいけないと思っていて、自分のチームのメンバーが育ってくれることに喜びを感じるように変わってきました。時間が経つと成長を実感しますし、「あのときは大変だったけど任せて良かった」と感じることも多いです。また、管理職になって大変なのは評価の難しさだと思います。自分が深く理解しているチームや業務だとメンバーの負荷やパフォーマンスが概ねわかりますが、任される領域が広がって、生え抜きではないところを任されると、評価が難しいと感じますね。ただ、管理職としてはきちんと評価することが基本中の基本だと思うので、迷惑かもしれないですが一度皆さんの仕事を実際にやらせてもらったり、法律や必要な知識も勉強したり、極力適正に評価できるよう努めています。
やはり知財畑なので、個人的に開発には特に使命感を持っています。他の仕事も同じかもしれませんが、製品の開発には、どうしても知識や努力だけでは何ともならないものがあり、少しのひらめきとか、人とのご縁とか、時代が求めているニーズとか、少しの運みたいなところも必要になってくるんですよね。それをずっと側で見てきました。本当に開発というのはほとんど成功しない、成功が一握りなんですが、そこに知財を通じてサポートしてきたことが自分の根底なので、これからもそこから目を逸らさずに業務に向き合っていきたいですね。大倉工業の次の柱になるような商品をつくっていくことはロマンがあると思うんです。
――女性のキャリア形成において大切にしたいことや大倉工業としての取り組み。
近藤さんのキャリアや、近年の女性の働き方の変化を踏まえ、近藤さんが女性のキャリアについて考えていることや、女性の働き方において大切にしたいこと、また大倉工業としての取り組み等について、話を聞いた。
近藤:私のようにガラスの天井のようなものを感じて過ごしていた頃から、時代が変わって、女性活躍が進み、促成栽培のようなキャリア形成をされている女性も多いと思います。女性の働き方が社会的に大きく変化する過渡期においては、仕方ないことなのかもしれません。私も、同期の男性と比べると、業務の経験値や受けた教育の数が少ないと思うことがあります。教育の機会は足りない分を自分で補いつつ、ただそれでは限界があるので、追いついていないところがあることを割り切って自覚して、分からなければ教えを請う等してフォローしています。
自分のチームを見ていると、男性が子育てのために有休を取得することがとても増えたと思います。私の時代は、子どもに何かあったら母親が有休をとって、学校行事も全て母親が行って、という感じでしたが、今は夫婦で相談しながら休める方が休むという形になっています。母が家にいる人で父が働く人という環境ではなく、どちらも働くしどちらの仕事も大事というのが今の世代の感覚なんだなと感じて、それはとてもうれしいですね。先ほども申し上げましたが、以前から産休や育休の制度はありましたが、私の世代では長期の育休を実際に取得する人はほとんどいませんでした。取得されたら管理職も困っていたようで、育休をとったけどすぐに会社から電話がかかってきて「戻ってきてくれ」と言われた人もいました。今は会社として産休や育休の取得が当たり前になり、取得できる環境を整えることも管理職の大切な仕事と認識されていると思います。会社としてそれが当たり前の文化になってきたことで、仕事を長く続けていきやすくなるのかなと。また私は、育休は取得しませんでしたが、時短制度は活用しました。やはりすごくありがたく、制度がないと幼い子どもたちだけで家で留守番することもあり得たかなと思います。時短制度は当社でも多くの人が使っていますね。
女性へのアンコンシャスバイアスについては、最近気になった男性の管理職の方の発言が三つほどあります。一つ目は「こんな仕事を女の子に頼んだらかわいそう」と言われたことです。「そんな大変な仕事は別の男の子に頼んだ方がいい」と言われましたが、それはアンコンシャスバイアスだなと思いますね。「かわいそう」というのは一見優しそうなんですが、難しい仕事にチャレンジしたい女性もいると思いますし、この考え方はどうかなと思います。当社はメーカーで、夜勤もあり、重い荷物を運ぶ等の業務になると、より機械化が進まない限りは、女性男性が同じように働くことは難しいかもしれませんが、デスクワークでは女性男性の分け隔てはないかなと。家族の介護や子育て等の事情があれば配慮は必要ですが、男女ではなく、基本的には本人の希望を尊重する形が良いと思います。二つ目は「女性がキャリアアップを望んでいない」という男性の同僚の声です。そういう女性もいると思いますが、それは男性も同様で、女性だから男性だからという話ではないと思います。三つ目は「彼女には、昔キャリアアップを打診したけど断られたから、そういう意欲はない」という声です。仕事に対する考え方は環境によってどんどん変わっていきます。私の場合、子どもの成長と共に大きく変化しました。優秀な人には、一度断られても、環境の変化を見ながら再度声がけをするべきだと思いますね。
当社として、直近で特に力を入れているのは、「女性の声を聞くこと」です。人事部(現 総務・人事部)の女性が事務局になり、各部門の女性を集めた女性分科会を2022年に発足しました。女性活躍を進める上で、人事部として何が足りないか、もっと女性が働きやすい職場にするにはどうしたら良いかと考え、まず声を聞こうと取り組んでいます。そこで制度改善等の意見をヒアリングして、実現のための検討を進めています。ただ、女性だけのための制度だと浸透しにくいところもあり、女性も男性も、また出産や育児といった特定のライフステージに限らず、働きやすさにつながる制度を検討しています。また当社は、女性活躍に向けて採用枠の増加や教育体制を整備しており、女性従業員の構成比や役職者・管理職の比率の増加を対外的に目標として打ち出して、取り組みを進めています。その中で、経営層と若手社員の、その中間の社員の風通しをもっと良くしたいという想いがありますね。女性活躍がなぜ必要なのか。女性の役員がいる会社の方が利益を上げていること、ダイバーシティ&インクルージョンが進んでいる会社には長く勤めたいと思う社員が多いこと等、実際の効果を伝える教育や研修の充実が必要だと考えています。また社内には女性に難しい仕事を与えてはいけないという感覚や、男性が子育てで有休を取ろうとすると「嫁さんが怖いんやな」という声が、まだあります。経営層が打ち出している方針の背景や、それを推し進めるために管理職は具体的にどうすればよいか等についての教育を手厚くしていく必要があると感じています。
女性男性分け隔てなく、やる気と能力のある人にどんどん仕事をお願いし、キャリアもつくっていってほしいですね。この人はこのキャリアで本当に幸せなのか等、いろいろ不安になることはあります。正解を見つけるには、やはりコミュニケーションが重要かなと思います。当社は2024年1月から人事制度が大きく変わり、上司と部下の一対一の面談を年に複数回実施し、社員の目標を細かく設定して、その目標に対する進捗状況に応じて給与や賞与を決めていく形になります。ただ、その目標の設定は難しいところがあって、ひとりひとりがどういうキャリアを歩みたいのか、上司が上手に引き出してあげられると女性活躍の幅が広がっていくのかなと思います。我々管理職側に本人の意志のキャッチアップがまだできていないところがあるのかもしれません。男女平等に活躍しやすい制度が整いつつある昨今は、私の時代よりも将来設計をしやすくなったと思います。もちろん、結婚や出産等の様々な選択肢がある中で、20年や30年先を見通すことは難しいと思いますが、30歳のとき・35歳のとき等、数年先の自分のビジョンをある程度明確にして、そこに向かって、今何をしないといけないか考えてもらいたいなと思いますね。
――これから注力したいこと。より大きな視点から大倉工業を見ていくこと。
最後に、近藤さんがこれから注力したいことについて、話を聞いた。執行役員就任を機に、より大きな視点から業務に向き合いたいというこれからの想いを語ってくれた。
近藤:課題は山積みで、見れば見るほどやらなければいけないことが見えてきている感じです。2023年はベトナムに子会社ができました。以前から中国にも子会社がありましたが、会社として今後も海外を視野に入れていますので、法務部門をもっと手厚くする必要を感じています。また、昨今気候変動が大きな社会的な問題となっていますが、当社も二酸化炭素排出量を減らすために様々な取り組みを行っています。子供たちに未来を繋ぐこと、それは私たち世代の重要な役割ですよね。
大倉工業としては、会社の技術力を通じて社会の役に立つような製品を提供するということが1番だと思います。2030年に向けた経営ビジョン「Next10(2030)」として「お客様の価値向上と社会課題の解決に貢献し、事業を通じて、社会・環境価値を創出する」ことを掲げ、社会との共生を念頭に取り組んでいます。地域に目を向けると、最近は開発部門で、地域の特産物の残り物から製品ができないか検討を進めていて、例えばオリーブを剪定した時に出てくる剪定葉や、生姜の規格外品や加工した後の残渣、ひまわりの油の搾りかす等から、更に機能性の成分を取り出す開発をしています。この分野では女性が多く活躍してくれている印象です。四国にはそうした素材になるものがたくさんあるので地域の素材を活かした何かができないか、地域の活性化につながればと考えています。また当社はプラスチック加工を主な事業としており、大量のプラスチックを消費します。これを使い捨てしないように、資源循環については大変力を入れているところです。
今までは自分の部署の成果に目が行きがちでしたが、執行役員として、もうひとつ大きな視点で、会社として何が最適なのかという視点で見ていきたいと思っています。また、社外の方とお話をさせていただく機会も増えると思うので、様々な情報を吸収して、得た情報を社内に還元する、また社内の良いものを社会につなぐ、そういう役割をしていきたいと考えています。
●大倉工業株式会社のWebページはこちら
制作:四国経済連合会
取材:一般社団法人四国若者会議
取材場所:本社